第19話
埒も無いコト
 「俺に、あいさつもしないようなヤツに、誰がチェックなんか、やるものか」。昔、ある審査員が吐き捨てるように言ったのを覚えています。審査員は、特権として選手からあいさつされることを要求、または期待するものらしいですね。
 ですから、ダンス競技の成績を左右する審査というものが、当日の出来映えだけできまると考えるのは、あまりにも楽観的にすぎるのではないかと思うのです。現在は、往時に比べれば、よほど公平になったかもしれません。しかし、人間のすることですから、昔も今も、それほど変わりがないのではないか、というような気もするのです。
 だとしたら、選手は、いつも礼儀正しく、感じの良い印象を審査員に与えるように努力するべきではないでしょうか。もちろん、誰に対しても、礼儀正しく、感じ良く振る舞うことがなかったとしたら、審査員に良い印象を与えることはむずかしいかもしれません。そういえば、競技会では楽しそうな笑顔で踊るのに、日常生活では世の中の不幸を一身に背負ったような不愉快な顔をしている選手がいます。これでは、彼らのまわりを取り巻く人たちに支持されるはずが無いのではないでしょうか。先ず、近くにいる人たちに感じ良く接しなければなりません。そのためには、ニッコリとほほえんで、あいさつすることをおすすめします。
 「笑顔に当てる拳は無い」とか、「怒れる拳笑顔に当たらず」とかいうことわざがあります。どちらも、笑顔の相手にはなぐりかかることもできない、というほどの意味ですが、笑顔効用は計り知れないと言っていいのではないでしょうか。明るい笑顔であいさつされたとしたら、誰でも心がなごむのではないかと思います。審査員も心のどこかに良い印象が残っていて、迷った時などチェックを入れてくれないとも限りません。まあ、そんな打算的なことを考えてあいさつするのもどうかとは思いますが、いずれにしても、しないよりはした方が、ずっとましに決まっています。
 ところで、45万部ベストセラーとなっている、姜尚中さんの『悩む力』(集英社新書)に、次のような記述があります。
 <自我というものは他者との「相互承認」の産物だと言いたいのです。そして、もっと重要なことは、承認してもらうためには、自分を他者に対して投げ出す必要があるということです。
 他者と相互に承認しあわない一方的な自我はありえないというのが、私のいまの実感です。もっと言えば、他者を排除した自我というものもありえないのです。>
 相互承認のために、最初にしなければならないのは「あいさつ」であろうと思います。「あいさつ」をしないということは、相手を無視することに外なりません。つまり、他者を排除しようとしているのです。こんな恐ろしいことはありません。あなたは、そんなことができますか。ひょっとしたら、知らず知らずのうちにやっているかもしれませんね。お互いに気を付けたいものです。
 そう、そう、生まれたばかりのガンの赤ちゃんも、まず、あいさつをするそうですよ。
 動物学者のコンラート・ローレンツが『攻撃』(みずほ書房)の中で述べています。
 <小さなガンのひなが、卵からかえるというむずかしい、そして危険な作業をたった今終え、哀れなぬれたかたまりのまま首をぐったりと伸ばしている。このとき、このひなからいきなり引き出すことのできる反応はたったひとつしかない。ひなの上にかがみ込んでほぼガンの声域で二こと三こと音を出してやると、ひなはぐらぐらとすわらない頭をもちあげ、首筋を伸ばしてあいさつする。何をするよりも何ができるよりも前に、この小さなガンは、まず自分の社会的な環境にあいさつをするのだ。>
 生まれたばかりのガンの赤ちゃんでさえ、「あいさつ」―社会的環境へのあいさつをするのですから、私たち人間もしないわけにはいかないのではないでしょうか。

第18話
埒も無いコト
 朝日新聞の夕刊に、「人・脈・記」という記事が連載されています。7月1日(火)は、60年前、日本の敗戦という歴史の巡り会わせから、自身の最盛期にロンドン・オリンピックに参加できず、金メダルを獲得できなかった水泳競技の古橋広之進さんと、日大水泳部の同僚・橋爪四郎さんの話でした。お読みにならなかった方のために、押し付けがましいとは思いますが、紹介させていただきます。
 <戦後の日本人を勇気づけた2人は、あわせて40回以上も世界記録を樹立しながら、五輪でのメダルは、橋爪の1個だけ。橋爪は、このメダルをだれにもみせないことにしている。それが、古橋への礼儀だと思うから。>
 (いい話ではありませんか。好敵手ではあっても最盛期には一度も勝てなかった橋爪さんの、古橋さんに対する暖かい思いやりなのでしょう。水しぶきを上げて豪快に突入する古橋さんに対して、一方の橋爪さんは、流麗でスマートな泳法だったのが目に浮かびます。それにしても、スポーツマンは、かくありたいものですね。)

 <「いまの選手は、か弱いですよ。弱いはずです、練習しないんだから」。日本水泳連盟の名誉会長になっている古橋の繰り出す言葉は、きびしい。歯がゆいのだ。「ぼくは、朝なんて4時半から練習したからね。授業終わったら練習して、寝る前にもう1回やって」>
 (4時半から練習したからといって、誰もがチャンピオンになれるものではありません。なんといっても、大事なのは素質ですから。それでも、4時半から練習するという努力なしにはチャンピオンになることは難しいのではないでしょうか。私も中学生の頃、スキーがうまくなりたくて、朝の5時から練習し、夜は8時頃まで練習したものです。4時半から練習すれば、もう少し増しになったかもしれませんが、素質の無さはいかんともしがたいのです。それでも、努力―当時は努力をしているという意識もなかったのですが―をする楽しさのようなもので充実感を味わっていたのでした。ダンスの練習でも、終電に間に合わなくなると始発電車までという無茶なこともたびたびでした。しかし、スキーがうまくなれなかったように、ダンスはもっとうまくなれなかったのです。)

 <ロンドン・オリンピックの翌49年、日本の水泳界は国際舞台に復帰した。ロサンゼルスの全米選手権で、2人は世界記録を連発した。古橋に「フジヤマのトビウオ」というニックネームがつく。
 そんな古橋の勢いは、たった一杯の水で消えた。50年の南米遠征。ブラジルに滞在中に、ホテルでうっかり飲んだ生水でアメーバ赤痢にかかったのだ。>
 (「フジヤマのトビウオ」の異名を取り、「超人」と謳われた古橋広之進さんも、病による体調不良には勝つことができなかったのです。ダンスを踊る上でも、何よりも大事なのは健康であると言ってよいのではないでしょうか。健康でなければ、輝いては見えないものです。輝いて見えない人に、誰が注目するでしょうか。いつでも、どこでも、誰にでも、好印象を与えることができなければ、スターになることは難しいのです。生水を飲む時は、古橋さんのことを思い出しましょう。)

B級戦をみました。前に「B級戦」のことを、A級への「登竜門」と書きましたが、四川大地震の震源は竜門山断層帯に沿って見つかったといいます。地震を起こした断層は、最大で6㍍も滑ったそうですから、竜門を登るのも、もっと難しくなったのではないでしょうか。そんな感想を懐かせた「B級戦」でした。
第17話
埒も無いコト
 『文藝春秋』5月号に掲載された、横浜ベイスターズ投手の工藤公康さんと、『バッテリー』の著者として知られている作家のあさのあつこさんの対談 ― バッテリーは永遠の友情の絆 ― を、私は興味深く読みました。

 18歳でプロ入りして活躍、すぐに天狗になって毎日明け方まで六本木で遊んでいた工藤さんは、20代後半での結婚をきっかけにして、死ぬ気で頑張ってみようと誓って、家中の酒を台所で流したと言います。奥さんも、200冊以上の食に関する本を読破して、栄養士さんについて勉強もした上に、国内の自主トレには、毎日飛行機に乗って工藤さんとトレーニングスタッフの食事を運んだそうです。

 ダンスのプロが、天狗になって六本木あたりを飲み歩き、とうとう駄目になった話があったような気がしますが、死ぬ気で頑張ってチャンピオンになったというカップルの話は聞いたことがありません。なんとか、私が生きているうちにお目にかかりたいものです。

 それにしても、工藤投手がオリンピックチームのフィジカルコーチの元へ押しかけて指導を受けたり、肉体のメカニズムについて本を読み漁ったりして、体を真正面から向き合い、そのおかげで、体中の筋肉と会話ができるようになったという話には、ほとほと感心させられます。ボールルームダンサーの中で、体中の筋肉と会話ができる人が、どれだけいるでしょうか。

 「野球と人間は似ている」というくだりでの二人のやりとりも面白い。
  あさの・・・自分がこんなに自己中心的な人間だから思うんでしょうけど、物書きにはいい人っていないんですね。色々な方にお会いしますが、友達になりたくなるような人があまりいない。
 工藤・・・ピッチャーも、いい人はいないですねえ。胸元に「自分は自分勝手です」と書いているような人ばかりです。キャッチャーだってそう。チームの要とはいっても、だいたい人の良いキャッチャーで大成した人なんていないですよ。無茶苦茶に性格の悪い人が大成するんです。

 ピッチャーや、キャッチャーにいい人はいない、というのはとても面白いですね。そういえば、ダンスがうまい人にも、いい人はいないと昔から言ったものです。何事によらず目立つ存在になるというのは、いい人には難しいことかもしれません。「どうぞ、お先に」と言っているようでは、とても勝負にはなりません。やっぱり、「俺が、俺が」というような性格の悪い人が、結局は得をするというのが現実の姿であるようです。

 まあ、いい人になるか、無茶苦茶に性格の悪い人になるか、あなただったらどちらになさいますか。いずれにしても、ダンスがうまくなければ話になりませんよね。いい人でダンスが下手ならまだ許されるかもしれません。しかし、ダンスも下手、人も悪いではどうしようもありません。どっちにしても、もう少し、うまいダンスというか、いいダンスを見たいものです。

 そのためには、酒をやめるか、たくさんの本を読んで悟りを開くしかないのかもしれません。いずれにしても、ちょっとやそっとではできそうにないですね。
第16話
埒も無いコト
 4月27日(日)、JBDF主催のB級戦を見に行きました。お目当ては、プロ・スタンダードです。知り合いの選手がたくさん出場することの興味もさることながら、B級戦といえばA級への登竜門(「竜門は中国の黄河中流の急流で、ここを登った鯉は竜になるといわれたことから」困難ではあるが、そこを突破すれば立身出世ができる関門。「広辞苑」より)なのですから、いやが上にも盛り上がるのが楽しいのです。
 それでも、競技の合間に「こんな下手なダンスを見ていると、目が腐る」などと手厳しいことを言う面白い人に出会ったりすると、思わずドキッとするものです。そういえば、昔からそういう言い方をたくさん聞いたような気がします。多分、下手なダンスを見たくない時の「きまり文句」であるのかもしれません。まあ、下手なダンスを見ていると、折角のダンス・イメージがわからなくなってしまう、というようなことが起きるかもしれません。ひょっとしたら、この「きまり文句」を、私自身も何度か言ったことがあるような気がします。それはそうと、私が白内障の手術をする羽目になったのも、つまり、目が腐ったのも、もしかしたら、下手なダンスをたくさん見てきたせいかもしれない、などと勝手なことを思いながら、つい、ひとりにやにやしたものです。

 さて、肝賢のプロ・スタンダードのことを、うっかり忘れてしまうところでした。
 5時間以上も競技を見るのは、私のような80歳の老人にとって、楽なことではありません。しかし、期待していた通りに、プログラムが進むにつれて、競技会は沸きに沸いたのです。私が、これまでに見たことのないような、組織立った応援風景などもあって、疲れを忘れさせてくれました。
 競技を見て感じたことなのですが、カップル間でぶつかる場面が多いような気がします。これは練習に問題があるのではないでしょうか。日常の練習で筋肉パターンが決まってしまい、自由度が乏しいのでしょう。まあ、ぶつかってばかりでは、竜門を登って鯉が竜になることは、到底、不可能なのではないでしょうか。

 話が変わりますが、大谷源太郎・日下部志津組と何度か前のB級戦の帰りに、東京駅中の中華料理店で一緒になり、声をかけました。今度のB級戦でも、なんとなく会えるような気がしていると、案の定、彼等が現れたので、厚かましくも自己紹介をしたという次第。大谷・日下部組は、新潟県から参加しているとのこと。そのために、競技の終ったあとで、東京駅中の中華料理店で食事をとり、新幹線で帰宅するらしいです。新潟県から参加するのは、彼等にとってかなりハンデになるだろうと思われますが、彼等のダンスは潑刺として好感がもてます。私は、彼等の踊る姿から、上杉謙信が単身、武田信玄の陣営に斬り込む勇姿を想像してしまうのです。

 しかし、大谷・日下部組も変なじいさんに声をかけられ、さぞかし驚いたのではないのでしょうか。それにしても、このおかげで、B級戦は楽しい一日になりました。
第15話
埒も無いコト
 冷たい雨が降っていました。銀行に用事があったので、タクシーを拾い行先を告げようとして、はたと言葉に詰まったのです。銀行の名前を思い出せず、どぎまぎするばかり。やっとのことで「品川駅東口」と言って、ほっとするありさま。ところが、運転手は、品川駅を知らないから案内してくれるように、と言うではありませんか。そこで、これ以上に簡単な道は無いような品川駅への道を指示しているうちに、どうにか銀行の名前も思い出して、めでたしめでたし。

 それにしても、我ながら呆れる程に名前を忘れるのです。そのうちに、遠田進・真理子夫妻の名前すら思い出せないようになるかもしれませんね。お二人と出会って、「どちらさまでしょうか」などと言うようになるのではないか、と想像するとおかしくなります。

 そういえば、4月2日(水)、朝日新聞夕刊の『素粒子』に書いてありましたね。
 <「本当は『末期高齢者医療制度』と呼びたいくせに。いまさら『長寿』とごまをすられてもなあ」とわが家の後期高齢者。>
 どうでもいいことですが、「末期」にはふたつの読み方があり、意味が少し違います。末期(まっき)は、終りの時期です。
 末期(まつご)は、その人の一生がそれで終る、という時になります。
 どうやら、私は「後期高齢者」と呼ばれることになった「末期(まっき)高齢者」ですから、銀行の名前を忘れることなど、当たり前のことであるのかもしれません。なにしろ、末期―終りの時期が刻々と迫っているのですから・・・・。

 ところで、終りの時期が迫ったことを実感する事件が我が身に起こったのです。血尿が出たので、びっくりして近所のクリニックに行ったところ、大病院を紹介され、行った先は、もちろん泌尿器科。診察の結果、前立腺が普通の人の4倍ほどに肥大しているせいだと思われるが、膀胱の中を内視鏡で検査してみよう、ということになり、改めてその日を予約したのでした。その日は、翌週でした。
 その間に、内視鏡検査の予備知識にとって格好の読み物を見付けました。『文芸春愁』の「僕はがんを手術した」という立花隆さんの手記です。立花さんは、膀胱ガンの手術をしたのですが、その前に必ずすることになる内視鏡の検査の場面が私の場合と符合するので引用したいと思います。
 <「じゃあまず、中を拝見しましょう」
 と、膀胱の中を内視鏡で検査することを告げられた。大ベテランの看護婦さんの誘導であっという間に、下半身むき出しで巨大な床屋の椅子のようなチェアに座らされた。
 ペニスの先端をカーテン越しにちょっとさわられたと思ったら、
 「じゃあ入ります」
 の一声があって、ペニスの中を何かが動いていく気配がした。そしたらもうほんの数秒で、モニターに膀胱の中が映っていたのである。あとでわかったのだが、ペニスの先端をちょっとさわったときに、実は局所麻酔剤のゼリーが尿道に押しこまれたのだ。>

 検査の結果、立花さんとは違いガンはシロ、血尿は前立腺肥大のせい、ということでチョン。何ともつまらない結末ではありました。結局のところ、これからも物忘れの不安に戦きながら、「埒も無いコト」を書くのかなあ、と思う次第なのであります。なんとか、矍鑠(かくしゃく)―老人が元気でいるさま―たる老人のふりでもしていたいものです。
 
第14話
埒も無いコト
 「自分以外は、皆、先生」という古人の言葉があります。差し当たり、「赤ちゃん」を先生と思う、「赤ちゃん」から学ぶというのはどうでしょう。
 ダンスを踊るために、最初にしなければならないのはホールドです。よく言われるように、ホールドは抱擁のことです。抱擁感のあるホールドができれば、お互いのコミュニケーションは可能になるでしょう。そこで、試しに赤ちゃんを抱いてみてください。赤ちゃんがおとなしくしていれば、合格ということになりましょう。もし、泣いたり、むずかったりすれば、不合格ということになります。つまり、あなたの抱き方が赤ちゃんを不安にさせ、気に入られなかったことになります。赤ちゃんは、大人と違って率直ですから、こんな抱き方は嫌だと思うと、我慢などせずに助けを求めたり、逃げ出そうとするのです。「赤ちゃん」を上手く抱けるようになれば、あなたのホールドは、きっと良くなるのではないかと思います。
 ところで、最近、赤ちゃんをうまく抱くことができない母親や、抱っこを嫌がる赤ちゃんが増えているといいます。ゆゆしい事態と言ってもいいのではないでしょうか?チンパンジーの世界でも異変が起きているようです。『進化の隣人』(松沢哲朗著・岩波新書)の記述をお読み下さい。
 <日本に現在373人のチンパンジーがいます。その約2/3は動物園で暮らしています。動物園等での記録を見ると、これまでたぶん200例ぐらいは出産があるのですが、だいたい半分は人工保育になってしまいます。
 親が子どもをちゃんと育てないのです。産んだとたんにギャッと言って逃げてしまう。あるいは、逃げないのですが、あかんぼうをちゃんと抱けません。上下が逆になったりする。母親が正しく抱いてくれないと、「しがみつく」「乳首を探す」「乳首を吸う」というあかんぼうの反射がうまく機能しません。獣医師など周囲の人間が、あかんぼうの命に危険があると見たときには、人工保育することになります。それが約2例に1例と、かなり高頻度です。>
 動物園の動物は動物ではない、と言われているように、野生ではないチンパンジーにとっては、子育てすら容易ではないことがわかるというものです。人間も、チンパンジーとほとんど違いはないのですから、赤ちゃんをうまく抱けない母親がいたとしても当然であるのかもしれません。そうすると、ダンスのホールドも、見た目だけがそれらしいだけで、全く内容の乏しいものになりつつあるのではないかと思うのです。ちょっと飛躍しすぎかもしれませんね。
 まぁ、このようなゆゆしき事態で思い出すのは、赤ちゃんの頃の皮膚接触の重要性を強調したA・モンターギュの著者『タッチング』(平凡社刊)です。
 <人間は抱きしめられることによって、自分がこの世界から望まれた存在であることを確認できる。そして人間やこの世界に対する根本的な信頼感といったものは、幼児期にふんだんに与えられるスキンシップによって育てられる>
 ダンスの楽しさは、ホールドを通して行なわれる皮膚の応答にあると言えるのではないか、と私は思います。良いダンサーになるためには、豊かな感受性のある皮膚感覚を磨かなければなりません。そのために、ぜひ「赤ちゃん」から学んでほしいのです。
 「頃や良し」。間も無く、元チャンピオンの檜山夫妻に女の赤ちゃんが産まれるようです。檜山夫妻にゆかりのあるダンス教師は、ぜひ赤ちゃんを抱かせてもらってください。ヒトと外界を隔てているのは皮膚です。その皮膚が溶け合って、ひとつになるような感覚がホールドの極意ではないかと思います。そのことを赤ちゃんと試してみてはどうでしょうか。赤ちゃんを先生とするのは、とても楽しいことです。よく観察すれば、赤ちゃんほど興味深い存在はないのではないでしょうか。今頃、赤ちゃんは檜山公美子さんのおなかの中で、ダンスを踊りながら微笑んでいるにちがいない、と私は思っています。
 さあ、「赤ちゃん」に学んでみましょう。
 
第13話
埒も無いコト
 ダンスを踊るために、いちばん大事なのは、フロアのコンディションではないでしょうか。滑りすぎるのは困りますが、滑らないのはどうしようもありません。丁度よいのがいいのですが、なかなか、むずかしいのです。
 昔、新米教師だった頃、先輩にワックスをかけておくように言い付かり、勝手が分からぬまま、闇雲にかけたのはいいのですが、翌朝、練習に現れた先輩から「こんなフロアーで踊れるか。バカヤロー」と、こっぴどく怒鳴られたのを、昨日のことのように思い出します。
 ダンス・フロアについての昔話をひとつ。 
 1955年、もう53年も昔のことになってしまいましたが、英国のチャンピオンであったレン・スクリブナーとネリー・ダカンが初来日した時のことです。今のようなパネルのダンスフロアなど無い時代ですから、素材が木であるというだけで、凸凹のある酷いフロアが会場でした。こんなフロアで踊らなければならなかった日本の選手も大変だったでしょうが、スクリブナーたちはもっと驚いたことでしょう。そして、スクリブナーは言ったものでした。「英国に〝下手な大工は道具を悪く言う〟という諺があるから、うまく踊れなかった理由をフロアのせいにしたくないが、あまりにも酷いフロアであった」と。その頃の全日本の級のダンスフロアといったら、滑る、滑らないの問題を遥かに越えた、大袈裟に言うならば、障害物競走もどきだったのです。
 よっぽど鈍感な人はいざ知らず、優れたダンサーであったら、最高のコンディションのフロアを要求するのではないでしょうか。だから、私が昔、新米の頃に怒鳴られたように、「こんなフロアで踊れるか。バカヤロー」となるのです。まあ、ダンサーとしての健康維持のためにも、フロア、コンディションが大切であることはご理解いただけると思います。滑り過ぎたり、泥田のように足を取られるようなフロアでは、足や脚を痛めてしまいます。
 ダンスは、足の裏と、足の一部に変化した靴を通して、フロアを触りながら踊ります。『ピアニストは指先で考える』(青柳いずみこ著・中央公論新社刊)の題名をもじって言いますと、「ダンサーは足の指先で考える」のではないでしょうか。足の指先の感覚を研ぎ澄ますことが、どうしても必要だと思うのですが、いかがでしょうか。
 そのためにも、変なフロアで踊っていたのではダメです。最高のフロア・コンディションを作り上げるために努力をしなければなりません。その、すばらしいフロアの上で、あなたの技術が花咲くはずです。人を感動させるダンスが結実することになるでしょう。そして、思いもよらない悪コンディションのフロアで踊らなければならなくなった時、あなたの研ぎ澄まされた足裏の感覚は、見事に困難を克服するにちがいありません。あなたは、「下手な大工は道具を悪く言う」という諺を持ち出すのも面白いのではないでしょうか。
第12話
埒も無いコト
 去る12月12日(水)付け朝日新聞の「天声人語」を、私はとても興味深く読みました。有名なコラムですから、お読みになった方も多いのではないでしょうか。しかし、ひょっとして読まれなかった方もいるかもしれない、そういう方のために、どうしても、ご紹介したいと思った次第です。少し長いですが、全文を御覧ください。

蕪村門下の江戸期の俳人、高井几董(きとう)に〈やはらかに人分け行くや勝角力(かちずもう)〉の句がある。土俵の上の気迫みなぎる勝負は、むろん相撲の醍醐味(だいごみ)だ。だが勝負師の表情を消した力士のたたずまいには、春風駘蕩(たいとう)とした魅力がある◆勝負のあと、懸賞金に手刀を切る。その所作を広めたのは昭和初期の大関名寄岩だと、33代の立行司、木村庄之助さんの『力士(ちからびと)の世界』(文春新書)に教わった。「(手刀で)心という字を書いている。ありがとうございますの気持ち」と、仲間の力士に話していたそうだ◆横綱朝青龍の所作は、いささか違うように見える。懸賞金をつかむ身ぶりは大仰だ。勝ち誇り、戦利品でも分捕るような印象を残す。勝負のあと、荒ぶる心を鎮めて「やはらか」な力持ちに戻っていく。それが苦手なのだろう◆その朝青龍が他の部屋から、「出げいこ」を門前払いされる事態が起きた。先ごろの巡業で、胸を貸した若手にけがをさせた。力を見せつけるような荒わざを繰り出したためだ。そんな危うさが嫌われたらしい。横綱の出げいこを先方が拒むのは異例だという。◆太宰治の『新釈諸国噺(ばなし)』に、乱暴者の相撲取りが登場する。相手を突き飛ばし張り倒し、けが人の山を築いて、「相撲は勝ちゃいい」とせせら笑う。だがついに自分も荒わざで転がされ、あばら骨を折って落ちぶれて死ぬ◆「勝ちゃいい」という悪童で終わってほしくないと、ファンは願っているはずだ。今回の騒動で心技体の「心」は育ったのか。一挙一動を多くの目が見つめている。

 ダンスは、発展の過程で、誰が一番上手いかを競う面白さを発見しました。その時から、ダンスは「勝負事」の仲間入りをしたのです。「勝負事」ですから、勝たなければなりません。勝ったほうがいいにきまっているのですが、「勝ちゃいい」ものでもありません。そこのところを、「天声人語」が指摘しているように、私は思います。
 「世の中」という、何事にもうるさい周囲に認められなければ、横綱をつづけるのはむずかしいのですから、ダンスのチャンピオンになるのも、つづけるのも、やっぱり、同じようにむずかしいのではないでしょうか。
 ところで、11月11日のB級戦で感じたことなのですが、勝ち残る選手たちの喜びようが大仰すぎるのではないだろうか、と気になりました。B級戦の決勝に残ったからといって喜び、優勝したからもっと喜ぶというのは、どういうことでしょうか。B級で決勝に残ったり、優勝したりは、目指すチャンピオンへの階段を少しばかり登ったにすぎないはずです。そんなところで、大仰に喜んでいたのでは、先が思いやられます。恐らく、並のA級で終わってしまうのではないでしょうか。
 それに、世界チャンピオンたちがよく言うではありませんか。「勝ち残って喜びを表わしてはいけない。審査員に、そこまで進んだことに満足しているという印象を与えるからだ。絶えず当然という顔をしてるべきである」と。私も、選手が大喜びしたり、ガッツポーズをするのを見るのは好きではありません。当然であるという傲慢な態度にも好意は持てません。やはり、謙虚な振る舞いがチャンピオンを手中にする大切な要素な気がするのです。
 もう一つ、追加させてもらいましょう。競技会では、敗者の方が圧倒的な多数派なのです。敗者がいなければ勝者は存在することはできません。ですから、勝者は、敗者に対して、絶えず、敬意と感謝の気持ちを持つべきではないでしょうか。
 「天声人語」に引用された『力士の世界』に、小錦関が「相撲はケンカだ」と発言して問題になったことについて述べられています。「身を清めて神聖な土俵に上がり、相手に敬意を払って正々堂々と挨拶する。それが土俵に上がる際の所作が持つ本来の意味です。そこまで奥深く見たら、相撲はケンカなどという発言は出てこないはずです」。
 「ダンスは格闘技だ」という人もいます。しかし、少なくともケンカではないでしょう。ダンスにおいても、相撲などで言う「心技体」のバランスがとれていなければならないと私は思います。「心」が特に大事なのです。競技会で勝ち残った選手たちは、静かに喜びを表してほしいと思います。「静かなる男」の出現を、心から待ち望むものです。
第11話
埒も無いコト
 選手の練習を見ることは、私にとって、とても楽しいことのひとつです。ですから、遠田組が桝岡ダンス教室に勤務している間に、彼等のお陰でどのくらい楽しませてもらったか計り知れません。
 突然、話がかわって、マーカスとカレン・ヒルトン夫妻が、まだ現役選手だった頃のことを書いてみたいと思います。現役選手といっても、改めて言うまでもなく、彼等は、れっきとした、ちゃきちゃきの世界チャンピオンでした。私は、ひょんなことから、朝、ホテルに迎えに行き、夜、車で送り届けるという約10時間、それこそ文字通り「朝から晩まで」一緒に行動したことがあります。
 その数日間の彼らの行動を、ぜひ、知っていただきたいと思うのです。きっと何かのお役に立つはずだと、私は思います。
 彼等は、約束の8時よりも、ほんの少し前に、まわりに居るすべての人たちに幸福を振り撒くように、にこやかに挨拶しながらロビーに現われます。ホテルの従業員たちの顔色が一斉に輝くすばらしい時間でした。
 従業員に運んでもらった衣装類を私の車に入れて出発です。さて、それからが大変です。「この車は、私の兄の車と同じで、いい車だ。」というマーカスの話にはじまり、カレンと交互に、それこそ機関銃(何か古いみたいですね。今ならカービン銃とでも言うのでしょうか)のように、私に話しかけるではありませんか。私は英語を話せない、と言ってあるにもかかわらず、そんなことはお構い無しなのです。私は、何か返事をしなければなどと思いながら、高速道路を運転するのですから、気が気ではないのです。彼等にしてみれば、きっと私を退屈させないために、精一杯サービスをしてくれたのかもしれません。
 面白い会話を一つ。マーカスが「坂」と何度も言うのです。どこの坂だろうと一生懸命に考えてもわからなかったのですが、そのうちに、やっと「サッカー」のことだと気が付き、大笑いしました。
 彼等と付き合って、思いついたことがあります。それは、ダンスがうまい人たちというのは饒舌(おしゃべりのこと)なのではないか、ということです。マーカスとカレンのような「立板に水」の会話を聞いていると、私のような失語症同然の者には羨ましい限りです。そういえば、遠田夫妻もおしゃべりですよね。特に、真理子さんが故郷のお母さんと、電話で東北弁のやりとりをするのを聞くと、私などは、ただ、あっけに取られるだけです。
 檜山組は、遠田組に負けたことがないのだから、きっと、もっとおしゃべりなのかもしれませんね。
 ところで、こういうのを牽強付会(『広辞苑』によると、「自分の都合よいように無理に理屈をこじつけること。こじつけ」)というのでしょうね。まあ、明るいおしゃべりは、おすすめですが、牽強付会のパートナーへのおしゃべりは困りものです。
第10話
埒も無いコト
 私たちは、いろいろな言葉を手掛りにしながらダンスを踊っているのではないでしょうか。その中には、「やわらかい」、「かたい」という言葉があるにちがいありません。ダンスでは、どうやら「かたい」よりも「やわらかい」方に分があるようです。
 「かたいダンス」よりも、「やわらかいダンス」と言われた方が褒められた感じがするのではないでしょうか。「かたい」と、けなされている方たちの顔がつい思い浮かんでしまいます。
 「やわらかい」といえば、よく例にあげられるのが、今や大リーガーとして知らぬ人のない、シアトル・マリナーズのイチロー選手です。イチロー選手は、赤ちゃんがそのままの「やわらかさ」を保ったまま大人になったような体をもっていると言われています。その「やわらかさ」が、あらゆる事態に対応できる、イチロー選手の華麗なプレイを支えているのではないでしょうか。
 プレイもさることながら、イチロー選手のような「やわらかい」体は、疲労回復が速く、怪我もしにくいと言われていますから、こんな良いことはありません。それに引き換え、「かたい」体は、すぐ疲れてしまいます。その上、なかなか疲れが取れないのです。おまけに、怪我をしやすいときていますから、いいことはない、というほかないようです。
 体がやわらかいから、やわらかいダンスが踊れる、というわけではありませんが、やわらかいに越した事は無いように、私は思います。
 ついでに、もう一つの言葉―最近、あまり重要視されていないようでは、と思われるものを上げてみましょう。それは、「エレガント」です。日本語に直すと、「上品な」「優雅な」「気品のある」「洗練された」「気の利いた」「しとやかな」「趣味のよい」「優美な」「高雅な」などの意味である、と辞書には述べられています。
 私たちのダンスは、「エレガント」といえるでしょうか。
 極言(遠慮せずに極端に言うこと)させていただくと、奇(き)を衒(てら)っているに過ぎないのではないかとさえ、思われてならないのです。
 老婆心ながら、「奇を衒う」は、(すぐれた才能があるかのようにごまかして、みせびらかす。相手の目をごまかして、真相がよく見えないようにする行いのこと。)です。
 はなしが横道に逸れてしまいました。「エレガント」に戻りましょう。
 ダンスは、男性が女性である相手の立場や気持を考えて、真心のこもった応対をするべきものです。さだまさしの「関白宣言」の歌誌のように「黙って俺についてこい」ではいけません。
 「エレガント」なダンスや、立ち居ふるまいは、一朝一夕では出来ないでしょう。どなたかに、ぜひ、手を挙げてほしいのですが・・・・。
第9話
埒も無いコト
 元世界チャンピオンである、現在も世界屈指のコーチャーとして誰もが認めるリチャード・グリーブさんが、少し乱暴に定義すると、と断った上で、「ダンスの世界チャンピオンとは、世界でいちばん歩幅の広いダンサーのことである」と言ったことがあります。
 多くのコーチャーが、(ほとんどのコーチャーがと言ってもいいかもしれませんが)ダンスの良し悪しを決めるのは歩幅ではないことを強調します。その中にあって、ダンスを分析し、できるだけ単純化して、わかりやすく教えるグリーブさんの、ダンスに対する考え方は、特異であると言ってもいいのではないでしょうか。
 そこで、少し歩幅なるものに拘ってみたいと思います。
 先ず、極めて身近な例を上げると、檜山選手は、あの長い脚で、遠田選手が次から次へと繰り出す脚を圧倒したのです。遠田選手の歩幅は、檜山選手の歩幅には遠く及ばなかったのは誰の眼にもあきらかでありました。
 ところで、日本人の歩幅はどれくらいでしょうか。(これからお示しするのは古い資料だと思います。最新の資料をご存知の方はぜひ、お教え願えればと思っています。)35歳未満の男性の歩幅は74.5cm、それが、60歳になると61cmに減少すると言います。これは自然歩行の歩幅ですから、走るとなると当然、広くなります。
 戦前、暁の超特急と謳われた100米競争の全日本チャンピオン、吉岡隆徳さんの記録は10.3秒、歩数は55歩だったといいますから、巾幅1.8米ということになります。それが、1964年(昭和39年)の東京オリンピックで優勝したボブ・ヘイズは100米を48歩で走りました。歩幅は2米強ということです。最近はどうでしょうか。8月25日に大阪で開幕する陸上の世界選手権に出場する男子100米世界記録保持者のアサファ・パウエル選手(ジャマイカ)の歩数は、なんと44歩、歩幅はといえば、2.27米ということになります。(新聞報道によれば、パウエル選手は日本への入国ビザ所得が困難だといいますから、ひょっとしたら大阪には出場できないかもしれません。そんなことになったら、本当に残念ですよね。)例によって、話はだんだん横道に入ったようです。
 そう言えば、バレエでも、いいダンサーの条件として広い歩幅が上げられるそうです。歩幅が狭いバレエダンサーなど、ちょっと考えられませんね。同じように、ちょこまかした歩幅の狭いボールルームダンサーに魅力なんか感じるでしょうか。できることなら、よく引き合いに出される、ウイスキーの「ジョニーウォーカー」のラベルのように、颯爽とした広い歩幅で踊ってほしいものだと、つくづく思うのです。
 それにしても、世界一広い歩幅で走るというアサファ・パウエル選手を、ぜひ見たいものです。何かのヒントになるかもしれません。
第8話
埒も無いコト
 何事でもうまくなろうと思ったら、それなりの練習(修行)をしなければなりません。たいして練習もしないで上手くなれれば、それに越したことはないかもしれません。しかし、世の中、そんなに甘くはないのです。みなさん、その事は十分に知っているからこそ練習するのでしょう。だから、うまい人というのは、素質はさておくとして、たくさん練習した人だ、ということになるのではないでしょうか。
 それも、手取り足取り教えられ、あるいは押しつけられ、いやいや覚えるといったようでは、到底、身につくものではありませんから、きっと、心の底から練習の大切さを自覚した上で努力したに違いない、と私は思います。自ら進んでやるのは大変なのです。
 ことわざにもありますよね。「馬を水辺に導くことはできるが、馬にその気がなければ水を飲ませることはできない」(気のない者に他人がいくらやらせようとしてもむだであることをいう)まさに、当人のやる気の問題であるのです。
 では、どうやって練習したらよいのか。ひょっとしたら、ヒントになるかもしれない話しをひとつ・・・。
 法隆寺の宮大工棟梁として有名であった故西岡常一さんが言っています。
 「大工はまず刃物研ぎです。刃物をきちんと研ぐことは、道具を使う一番の基礎ですし、いい仕事をしようと思ったら刃物が切れんことにはどうしようもないんです。それとちゃんと研いだ刃物を使うのは仕事に対しての最初の心構えでんな。・・・刃を研ぐというたら簡単なようですが、これが難しいんですな。しかし、これが出来んことには何にも始まりませんのや。一年なら早いほうです。二年三年かかる人もおります。ゆっくりでも自分のものにせな、あきませんのや。」
 ダンスと大工の刃物研ぎには、何の関係も無いように見えます。しかし、基礎が大切だということは共通しています。そこに、想像力が働く余地は十分すぎるくらいあるのではないでしょうか。
 関係のない話をもう一つ。
 レオナルド・ダ・ビンチが世の中のありとあらゆることに興味を向けていたことは、広く知られています。私たちは、ダ・ビンチに倣って、無邪気で旺盛な好奇心と、鋭い観察眼を持つ必要があるように思います。
 ところで、あなたは、前進する時に相手の女性の足よりも早く動いたり、追い越したりしていませんか。ダンスは、男性が女性を誘って踊るものです。相手を誘い、了解を得てから踊るものです。その事が分かるまでに何年かかることでしょうか。いずれにしても、練習しなければできるようにはなりません。
 ベンジャミン・フランクリンが言いました。
 「天は自ら助くる者を助く」(天は他人の助力を頼りとせず、自分自身で努力する者に力をかしてくれる)。さあ、練習しましょう。
第7話
埒も無いコト
 「この世の中で一番たいせつなことは何であろうか。それをひと言で言い表すことばがあるとしたら、どんなことばを選ぶか。」もしそんな質問を人から受けたら、私はアウということばだと答えた。世に言いならわされた諺や偉人論客の格言の類はさておくとして、日本語の中のたった一つの和語で示すならば、私はアウが一等重要なことばだと思う。アウというのは漢字で会・合・相・逢などの字をあてるアウである。「・・・・人間が互いに思い合いあい思えば、心は通じ、よほど不幸はなくなるであろう。悲しい時には慰め合い、うれしい時には喜び合う。つらい時には励まし合い、困難にぶつかれば考え合い、話し合う―何にでもアウが付くのである。」
 国語学者の吉田金彦さんが『ことばのカルテ』(創拓社)という本の中に書かれています。たくさんの方が引用しているので、既にご存知かとも思いますが・・・。それに私も12年前に『ダンスビュウ』の随筆で引用させていただきました。いろいろな機会に話をしてもいますから、またか、と思われるかもしれませんね。
 長ながと前置きをしてしまいましたが、「アウ」について考えてみましょう。
 ダンスは、二人が合わなかったとしたら、あまり楽しいものではありませんね。つまり、気の合う、息が合う、肌が合う、などのアウのことです。
 ダンスは、一般的に、男性が左手を、女性が右手を差し出して、最初の身体接触がはじまります。正に、その瞬間、二人の間に火花が散ることがあるのです。触覚は、人の根源的な感覚だ、と言われています。二人の手が触れた瞬間に、お互いのことがわかってしまうのです。どちらかが、やる気が無かったりすると、相手に、すぐわかってしまい、気性の激しい人だったら、「練習したくないのか」とか、「踊る気が無いのか」と、相手をなじることになります。結局、練習どころではなくなってしまうことも、たびたび、というチャンピオンを知っています。二人が、もし、もっと合っていたとしたら、もっともっと素晴らしいチャンピオンになっていたでしょう。
 二人が、左手と右手を差し出して組み合う前に、先ず、二人がどこかで出会わなければならない、ということを忘れるところでした。
 チャンピオンへの道は、ほとんど(と言ってもいいのでしょう)、どんな相手にめぐり会うかで決まるのではないでしょうか。
 檜山浩治さんは、公美子さんに出会ったからこそチャンピオンになったに違いありません。一方、遠田進さんは、斉藤真理子さんにあたりで諦めよう(なんて思ったかどうか分かりませんが)としないで、ボビィさんのようなパートナーを探し出すことができたとしたら、檜山組を打ち負かしてチャンピオンになったかもしれませんね。
 バカなことを考えるのはやめて、今の相手と「アウ」ように努力してみましょう。
第6話
埒も無いコト
 遠田組は、なぜ檜山組に勝つことができなかったのでしょうか。(そういえば、タイタニックのセグエを踊って、チャンピオンになり、大いに盛り上がったことが、一度だけありましたっけ。しかし、勝ったといえば勝ったのでしょうが、印象はとても薄いものでした。まあ、負けるよりも、勝った方が少し増し、と行った程度の感じ、と言ったらいいでしょうか。)
 檜山組といえば、学生時代から、競技ダンス界の注目を浴びつづけ、チャンピオンの座を約束されていた、超エリート選手でした。それに引き換え、遠田組は、学生チャンピオンの履歴はあるものの、並のA級ぐらいにはなるだろう、というほどの期待しかされなかった選手だったのですから、勝負はやる前に分かっていた、と言ってもいいのかもしれません。
 ですから、遠田組にしてみれば、かなりいい線まで行ったことになるでしょう。なにしろ、あともう少し、というところまで、檜山組に迫ったのですから・・・。それにしても2位―準優勝というのは、いかにも悔しいじゃありませんか。どうして、1回ぐらい、ちゃんと勝たしてくれなかったのでしょう。それこそ、「ああ、ニックキ(これ以上、憎い感じはないという、最上級の表現です)檜山め!」と、叫びたいところだったでしょうに、どうも、そうでもないらしく、妙に、檜山組に感心したりして・・・・・。これじゃ、とても勝つはずがないよな、などと、私は思ったものでした。
 ところで、前号の「第5話」で、『生命の暗号』(村上和雄・サンマーク出版)を、遠田組に奨めたことを書きました。その後、改めて、その時に、本を読んだかどうかを聞いたところ、半分ぐらいしか読まなかった、とのこと。
 むべなるかな(なるほど、と言う意味)。『生命の暗号』を、あの時、遠田組が読了していたら、ひょっとして、火事場の馬鹿力のような思わぬ力が湧き出てきて、檜山組に勝つことができたかもしれないのに、と残念でたまりませんでした。
 『生命の暗号』を書いた村上和雄さんは遺伝子の権威です。
 村上さんは述べています。
 「人間の遺伝子情報には、まだ95%もの不明部分があるのですから、何が潜在能力として潜んでいるかは想像できません。明らかになっている部分と不明な部分の比率からいっても、まだ無限に近い力が私達の内部には眠っているはずです。少なくとも私達が頭で「こうであればいいのに」「こうあってほしい」と考える範囲内のことは、ほぼ100%可能になると私は考えます。」
 遠田組は、「チャンピオンになりたい」あるいは「檜山組に勝ちたい」と、あまり思わなかったのかもしれません。それはそれでいいのかもしれませんね。
第5話
埒も無いコト
 「ノーベル賞を受賞するのと、ダンスで世界チャンピオンになるのとでは、どっちが難しいと思いますか?」
 あまりにも馬鹿馬鹿しい問いに、答える気など起きないに違いありません。まあ、ちょっとお付き合い下さい。1949年、湯川秀樹博士が、日本人として初めてノーベル物理学賞を受賞しました。以来、たくさんの日本人がノーベル賞を受賞しつづけています。その全員の名前を挙げることは難しい、と思われるほどです。
 ダンスでは、10ダンスの世界チャンピオンに鳥居組が一度だけなったことがあります。つまり、日本人はダンスで世界チャンピオンと名の付くものを一度しか手にしたことがない、ということなのです。ですから、乱暴に比較すれば、ノーベル賞を取るよりも、ダンスの世界チャンピオンになる方が難しい、といえなくもないでしょう。もちろん、ノーベル賞を取ろうとする野心に燃えた日本中の頭の良い人たちというのは、それこそ群をなしているのではないでしょうか。その中から抜きん出ることが出来れば、世界の俊英に伍することもできる、というものです。
 ノーベル賞を目指す人たちに比べ、ダンスのチャンピオンを狙う戦線はといえば、それほど優秀な人材が集るわけではありません。「お前は道を誤った」といわれつづけた私のような、どこから見てもダンスを踊るようには思えない変な人種がいられる世界なのです。そんな日本の中で、たとえチャンピオンになったところでたいしたことはないわけです。ですから、世界に伍するような、あるいは、世界チャンピオンになるようなダンサーが生まれることは難しいのではないか、と私は思うのです。
 ところで、遠田組が現役の頃に奨めた本があります。村上和雄著『生命の暗号』(サンマーク出版)です。彼らが読んでくれたかどうかわかりませんが、私にはとても面白い本でした。その中から、興味深い箇所をご紹介しましょう。それは、ノーベル賞受賞のために”してはいけないこと”5カ条、です。

 1 従来の行きがかりにとらわれてはいけない。
   若者はせっかくの飛躍のチャンスを見失ってしまうから。
 2 大先生にのめり込んではいけない。
   自由奔放な若さを失う。
 3 なんでもため込んではいけない。
   若者でも脳のメモリー容量には限度がある。
   無用のものは捨て、新知識のためのスペースをあける。
 4 戦うことを避けてはいけない。若者は独立精神と勇気を失う。
 5 不感症になってはいけない。自然の驚異に感動する初々しさを失う。

 ダンスのチャンピオンを狙う人たちは、ノーベル賞受賞者である江崎玲於奈元筑波大学長のメッセージから、何かを学ぶことができるのではないかと、私は思うのです。
 
第4話
埒も無いコト
 この世の中で、もしも、「挨拶」が行われなくなったとしたら、一体どうなるでしょうか?ただでさえ、ぎすぎすしていると言われている人と人との関係が、もっとひどいものになってしまうのではないでしょうか。
 ところで、「挨拶」ということばは、『漢字源』(学習研究社)によりますと、「挨」も「拶」も、共に、せまるという意味で、そばに身をすり寄せて押しあうことから転じて、日本語で、人のそばに寄ってあいさつする意味になったそうです。
 さて、私には「挨拶」についての苦い思い出があります。中学2年生になって間もなくのことです。今風に言いますと、クラブ活動を終えた私は、友人と連れ立って帰宅の途中でした。私たちの横を、同年代と思われる、少年が駆け抜けました。その少年は、友人に会ったらしく走るのを止め話しはじめながら私たちを見るのです。私たちが近付くと、その少年が言いました。「今、敬礼しなかっただろう」(正確に言うと、敬礼しなかったべ、ということになります。北海道弁です。)私たちは、一瞬、ぽかんとしていました。彼らは私服でよくわからなかったのですが、1年上の3年生でした。私たちは制服制帽でしたから、どこから見ても、どこの学校の何年生かがわかりますが、上級生は私服で、先輩かどうかもわからぬ上に、私たちの横を走って通り過ぎたのですから、敬礼しろと言う方が無理というものです。しかし、情け容赦もないビンダが私たちの頬を鳴らしました。なんて無茶苦茶なんだろう、その時、つくづく思ったものです。
 それ以来、私は挨拶がきらいになりました。それこそ、挨拶なんか糞食らえ、と考えるようになってしまったのです。今でも感じの悪いジジイですが、その頃は、どうしようもなく感じの悪い子供だったに違いありません。といったようなわけで、私には挨拶などについて語る資格はないのですが、埒も無いコトの気楽さで、書き進める次第です。
 ダンスの会場は、大ぜいの視線が交叉する戦場です。挨拶しなければならない人を視認できなかったりすると、大変です。「あいつは、挨拶もしない」などと言い触らされてしまうことになります。挨拶をしないということは、とりもなおさず、相手を無視することですから、運転免許試験で信号無視をするようなものです。ダンスの会場に入るには、それなりの覚悟がいるのではないかと、私は思います。
 挨拶をしようと思っても、なかなかチャンスが無い人がいたりします。ひょっとしたら挨拶をさせないようにしているのかもしれません。なにしろ、ダンスの世界はおそろしいのです。そういう時に、「○○先生、おはようございます」と、にこやかに言えるようだったら、あなたは見込があるかもしれません。「挨拶」は、そばに身をすり寄せて押しあうことなのだ、ということをお忘れなく。
第3話
埒も無いコト
 「どうすればダンスがうまくなれるか」はとりもなおさず、「どうすれば、見てくれる人たち―その中には、当然のことながら審査員も含まれます―から、うまいと思われるか」ということにほかなりません。
 「ダンスがうまい」という評価には、技術の占める割合が大きいことは誰もが認めるにちがいありません。しかし、はっきりとした基準のない要素も無視することはできないのではないでしょうか。
 その一つが「感じが良い」ということです。感じが悪いチャンピオンが皆無というわけではありませんが、大体、チャンピオンは好感度が高いと言ってもよいと思います。それほどうまくもないのにチャンピオンになった美男美女のカップルがいます。どんぐりの背比べのような差しかなかったとしたら、審査員も美男美女の方に点を入れるでしょう。そのように公言した審査員がいたのです。そのようなわけで、感じが良い、という筆頭に美男美女を挙げなければなりません。例外はあるのでしょうが、美男美女は、大概、感じが良いですよね。
 「感じが良い」は、人間の赤ちゃんはもちろんのこと、哺乳類の赤ちゃんすべてが「かわいい」ことの延長線上にあるのではないでしょうか。『新明解国語辞典』によりますと、「かわいい」の原義は、「ほうっておけば悪い事態になるのをそのまま見過ごせない、の意で、自分より弱い立場にあるものに対して保護の手を伸べ、望ましい状態に持って行ってやりたい感じだ。」とあります。
 ですから、人間の赤ちゃんが狼に育てられた例を見ても、赤ちゃんがかわいくなかったならば、きっと食べられていたかもしれない、と考えると、「かわいい」ということは、生きていくために、とても大事なのだと思わないわけにはいきません。赤ちゃんは誰にも教わらないのに、だれかれの区別なく、にこっとかわいくほほえみます。周りの大人たちも、赤ちゃんに対してほほえみ返します。赤ちゃんは、ほほえむと必ず、微笑が返ってくることを知ります。それを、最初に裏切るのは母親だといいます。赤ちゃんに対して、最もたくさん接するお母さんは、忙しさのせいか、気分のせいかで、ついつい赤ちゃんにほほえみ返すのを忘れることがあるのでしょう。
 そうこうするうちに、無愛嬌な大人に育っていくのです。無愛嬌とは、前述の『新明解国語辞典』による、自分の城を守るだけで、かわいげの無い(感じの悪い)様子、だそうですから、感じの良い」の対極にあたります。こんな人と踊る相手は、楽しくないに決まっています。見る側も、ちっとも面白くないでしょう。
 ヨーロッパでダンスを教わると、必ず「スマイル」と、「あなたと踊って、とても楽しい」という表情を表すように、絶えず先生に言われます。「スマイル」と「感じが良い」は、同義語なのでしょう。
第2話
埒も無いコト
 前号は、表題そのものから評判が悪かったようですね。「埒(らち)も無い」には若干(わかせん、ではありません)解説が必要かもしれません。「埒も無い」は、『新明解辞典』にあるように、「とりとめの無い」というほどの意味で使いました。ついでながら、他の辞典を引くと、もっとたくさんの事がわかって面白いと思いますので、ぜひ試してみてはいかがでしょうか。
 ところで、「取り留めの無い」とは、と問われる前に、「一貫性に欠け、要領を得ない」と、お答えしておきます。
 さて、話を進めることにしましょう。
 「どうすればダンスがうまくなれるか」は、簡単です。行住坐臥(ふだんの生活)、寝ても覚めても(その事ばかりを心に思い続ける様子)、ダンスのことをひたすら考え続ければ、うまくなることを受け合い、ということになるはずです。しかし、ほとんどの選手は、誰もが知っているように、うまくなりません。それは、ダンスのためになることを、ひたすら考え続けてはいない、ということになりましょう。例えば、人前で欠伸などしてはいませんか。公共の場所で(自分の教室内と言えども)、サンダルなどという妙な履物でパタパタ歩いてはいないでしょうか。というように、いくらでも例を上げることができると思いますが、うまくなりたいと思ったならば、それも痛切に思ったならば、ご自分の行動をチェックしてみてはいかがでしょうか。自分に厳しくない人はうまくなるはずがない、と私は思います。
 ここで、御存知ない方のために、ビル・アービン先生の話をご紹介いたしましょう。アービン夫妻は、スタンダード(昔はモダンと言っていました)とラテンの世界チャンピオンです。ビルさんは、ラテン・ダンスが競技種目として採用された頃、ルンバのリズムの取り方がどうしてもわからなくて、とても悩んだそうです。前号にも書きましたが、ビルさんは、立っても、坐っても、もちろん歩いていても颯爽としていて、まさにダンサーそのものです。その上、すばらしい柔軟性のある体の持主でもあります。そのビルさんのウィーク・ポイントがルンバのリズムにあったことを想像するのは愉快ですね。
 ビルさんのパートナーで、世界最高のダンサーであったと思われるボビーさんが語ってくれました。
 「彼は3ヶ月の間、毎日、ルンバの曲を聞き続けた。そして、ついにルンバを理解した。私は、彼のそういうところが好きだ。」
 アービン夫妻のダンスの音楽性は、多くの人が認めるところでありましょう。その音楽性も、ビルさんの絶え間無い努力の結果であることを、私たちは知る必要がありそうです。
 この埒も無い文章をお読みいただいた方にはぜひ、行住坐臥、寝ても覚めても、ダンスのことを考え続けいただけたら、と念じる次第です。しかし、そんなこと、無理ですよね。
第1話
埒も無いこと

 常日ごろ、愚にもつかぬことを言ったり書いたりしているのですが、その私に、どういう風の吹き回しか、オンダダンススクールのホームページに何か書けとのこと。懇請黙し難く、といったようなわけで、これから埒も無いことを書くことになりますので、よろしくお願いいたします。
 先ず、第一弾は「どうすればダンスがうまくなれるのか」を考えてみたいと思います。もちろん、ダンスがうまくなることなど夢にも考えたことが無い方も中にもいらっしゃるかも知れません。まあ、そういう方は、このホームページを開くことは無いかも知れません。みなさん、お忙しいのにわざわざお読みいただくのですから、うまくなることに興味がお有りだと勝手に決め込んで話を進めることとさせていただきます。
 「どうすればうまくなれるか」。言わずと知れたことですね。たくさん練習すること、つまり、努力することに尽きるのではないでしょうか。できることなら、月月火水木金金とか、寝ても覚めてもとかいった感じでダンスを考え、練習をしなければなりません。
 そうそう、「行住坐臥」(ぎょうじゅうざが)という成句がありますね。辞書(「故事・俗信ことわざ大事典」小学館)に当たってみますと、「行くこと、止まること、座ること、臥すことの四つ。転じて、日常、普段の意」とあります。まさに、行住坐臥、練習に励むことができれば成功は疑いなし、となるでしょう。
 ところでダンスを踊るだけが能ではありません。ダンスを踊る時だけが練習だと思ってはいけないのです。踊っていない時間の方が遙かに多いことから、その時間をどのように過ごすかが大きな問題となります。
 「歩く」時間はどうでしょう。世界チャンピオンだったマーカス・ヒルトンは、「歩く姿を見れば、その人のダンスがどの程度かわかる」と言っています。いい歩き方をしなければ、いいダンスは踊れないのです。
 「座る」はどうでしょう。やはり、世界チャンピオンだったビル・アービンが言いました。「ダンスのチャンピオンを目指す人たちの座り方のだらし無さが信じられない。私ならこのように座る」と、端正に座って見せたのでした。われわれ日本人は、座るとなるとすぐに寛いでしまうのですね。
 「立つ」は、もっと悲惨な状況です。日本人は、やたらと座りたがるからです。何時間でも立っていられなければ、それも、美しく立っていられなければ見込みは無いのです。立ったままで、水やジュースなどを飲む時もエレガントでなければなりません。
 そういえば、パティーなどで踊る時のホールドをエレガント・ホールドと言います。人様に見てもらうダンスは、エレガントでなければならないのです。
 と言ったような訳で、行住坐臥、練習しようと思えばできないことはありません。